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親戚の7回忌とバカとダラ

先日、宝達志水町志雄町の専勝寺さんへ、前住職の弟さんの7回忌に坊守と一緒にお参りさせて頂いた。亡くなった方は珀琳寺の孫、僧籍も無く、未結婚。身内だけの従弟会の様な感じ。前住職さんの感話に「生まれながら障害を抱え、唯一お朝事の時に仏飯を運ぶのが、仏事の一環を担っていた」なかなか考えさせられる話。お斎の前に「バカとダラ」の話に(前住は大谷大学卒業時に法主賞を受けている優れもの)・・バカは莫迦という梵語からきた音写というのは通説であり、普段使われる馬鹿という字は<鹿を見て馬となす>と云う諺から現代の漢字表記には使われている、馬と鹿には全く迷惑な話であるが。

ここからが赤塚不二夫の「天才バカボン」へ、50過ぎならよく読んだ漫画、TV放映もされた、ナンセンスギャグ漫画という走りだろう。キメ台詞が「これでいいのだ!」子供心になんとふざけた漫画だと・・・。正直意味が分からない描写もあったが、今振り返ると、馬鹿なのに馬鹿になれない自分、あるいはそれを認めない自分。自己の愚かさを教えてくれ、意味のない事が重要な意味を持っている。

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登場人物のレレレのおじさんも今思えば、掃除で悟りを開いた仏陀の弟子 周利槃特(しゅりはんどく)。となると、「バカボン」自体は、サンスクリット語(古代インドの文学語)を音写した「薄伽梵(ばがぼん:英字表記だとbhagavat)」と考えるのが自然であろう「薄伽梵」というのは仏、特に仏陀のことを意味している。

莫迦、馬鹿から「薄伽梵」への方向付けが必要であろう。まずはバカという自覚から。またダラ(能登ではバカ・阿呆)という方言についても話が弾んだが、陸続きの島根では全くそれらしき言葉が無く、九州、福岡には似た言葉が存在するのには驚かされた。おそらくこれは旃陀羅せんだら(インドの被差別民チャンダーラの漢音訳、日本でも差別用語として使われている)が転じてダラとなったのではないか・・等々お仏飯を運んだ仏事に参加した方の尊い法要のご縁であった。 珀琳寺 住職

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